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2026年09月06日 01:53 | コラム
35日かけて、わずか数グラム。「希少だから」では、なぜ希少なのかが分かりません。ひとつの巣の重さ、巣づくりの日数、ピンセットの手作業、歩留まり、検査。価格ではなく、価格ができるまでを追いました。
この記事は、日本伴照株式会社が運営するツバメディアに掲載された「なぜ、燕の巣はこんなに高いのですか。」を転載したものです。確かめられたことは根拠とともに、まだ分からないことは分からないままに伝えることを編集方針としています。また、自社の加工技術や研究によって燕の巣の価格を正当化することを目的とした記事ではありません。「燕の巣という素材そのものは、なぜ高いのか」。そこを知るための記事です。

燕の巣は、高い。これは事実です。高級食材として知られ、中華圏では古くから特別な料理や贈答品として扱われてきました。
では、なぜこんなに高いのでしょうか。
「希少だから」「高級食材だから」と説明されることがあります。でもそれでは、なぜ希少なのかが分かりません。
そこで、少し違う角度から考えてみます。一つの巣は何グラムなのか。つくるのにどれくらいかかるのか。採った後、何をしているのか。そして私たちがマレーシアの現場で、実際に何を見たのか。
価格ではなく、
価格ができるまでを追ってみます。
学術文献にまとめられたデータでは、未処理の食用燕の巣は長さ約5〜10cm、幅約3.5〜6cm、重量約4〜8gとされています。手のひらに載るくらいの大きさです。
仮に平均6gとして単純に割れば、1kg集めるのに約167個。4gなら250個、8gでも125個です。
実際には巣の大きさ、種類、含水率、加工状態で重量は変わります。これはイメージをつかむための単純計算です。
それでも、ひとつ分かることがあります。
燕の巣は、一つ一つが、とても小さい。
大量の原料を一度につくる一般的な食品とは、そもそも生産の仕組みが違います。
アナツバメは、自らの舌下腺から分泌される粘性の高い分泌液で巣を形成します。繁殖期になると舌下腺が大きく発達し、その分泌液を少しずつ重ねていく。一晩で完成するわけではありません。
文献では、一つの巣を完成させるまでおよそ35日を要すると報告されています。
約35日かけて、数グラム。
人間が工場で「来月から生産量を2倍にしよう」と決めて増産できるものではありません。
現在、燕の巣の多くは「バードハウス」と呼ばれる建物でもつくられています。ただ、ここには誤解があります。
人間がつくるのは、燕の巣ではありません。
建物だけです。
アナツバメを捕まえて檻に入れるわけではありません。餌を与えて育てるわけでもない。鳥は自由に出入りします。だから立派な建物を建てても、アナツバメが来なければ燕の巣は一つもできません。
私たちが取材した施設では、建物をつくる前に約3か月かけて、その土地の上空をアナツバメが飛んでいるか調べたと聞きました。それでも必ず定着するとは限りません。
人間ができるのは「来てもらえる環境をつくる」ところまで。最後にその場所を選ぶのはアナツバメです。この話は別の記事で詳しく書いています。
巣は単なる原料ではありません。アナツバメにとっては繁殖のための場所です。
巣をつくる。産卵する。抱卵する。ヒナが孵る。親鳥が餌を運ぶ。ヒナが成長する。そして巣立っていく。
私たちが取材した施設では「卵やヒナがいる巣は採らず、巣立ちを確認してから採取する」という説明を受けました。ただし「世界中の燕の巣がすべてこの方法で採取されています」とは書きません。採取方法や管理状態は場所によって異なります。この点は、まだ私たち自身が検証できていません。
巣が完成する時間だけではなく、
その巣を使う鳥の時間まで考える必要がある。
燕の巣というと、白くて半透明で、きれいな形をしたものを想像されるかもしれません。しかし採取したばかりの巣は違います。羽毛や細かな異物が混じっています。
ここから、洗浄し、異物を取り除き、形を整え、乾燥させる。加工工程が始まります。
マレーシアの加工現場で、実際に見た光景があります。
作業台に座った人たちが、燕の巣を明かりにかざしながら、ピンセットで羽毛を一本ずつ取り除いていました。
一本。また一本。
数グラムの巣に入り込んだ細かな羽毛を探して、取り除いていく。終わったと思っても、角度を変えて確認する。まだあれば、また取る。その繰り返しです。
燕の巣が高い理由を調べていて、私たちは数字以上に、この光景が印象に残りました。数グラムの自然素材の向こう側に、これだけの人の手がある。
燕の巣を白く、きれいに見せる方法は、人の手だけではありません。
学術文献では、一部の加工で過酸化水素などによる漂白処理が行われるケースが報告されています。化学的な処理を使えば、見た目を白く整えたり、加工の効率を高めたりできる場合があります。
だから「白い燕の巣=丁寧に手作業で洗浄された燕の巣」
とは限りません。
逆に、漂白などに頼らず細かな異物を人の手で取り除こうとすれば、それだけ時間と人件費が必要になります。ここに、価格を考えるもう一つの要素があります。
ただし「手作業だから絶対安全」でもありません。重要なのは、どのような加工をしたのかを説明できることです。
もう一つ、歩留まりの話です。
採取した燕の巣には、商品として残さない部分があります。取り除けば、当然重量は減ります。さらに割れた部分、形を整える工程、洗浄、乾燥。さまざまな工程を通ります。
仕入れた原料の重量=販売できる燕の巣の重量
ではありません。
食品加工では当たり前のことですが、燕の巣では原料自体が高価なため、歩留まりが価格へ与える影響も無視できません。
天然由来の食品だからこそ、確認しなければならないものがあります。
国をまたいで流通させるのであれば、生産施設の管理、加工施設、衛生管理、輸出入の手続き、検査、トレーサビリティ。こうした工程も必要になります。
きちんと管理された燕の巣の価格には、
「燕の巣そのもの」だけではなく、
「それが何なのかを確かめるための費用」も含まれています。
ここまでが供給側の話です。しかし価格は供給だけでは決まりません。
燕の巣は、長い歴史の中で中華圏を中心に珍重されてきました。料理として。特別な日の一品として。贈答品として。その文化的な価値が、長い時間をかけて形成されてきました。その歴史については、別の記事で書きました。
希少な供給に対して、長い歴史によって形成された需要がある。この需給関係も、価格を押し上げる大きな理由の一つです。
ここは、あえて書いておきます。
燕の巣について調べると、「世界需要に対して供給は15%しかない」といった数字を目にすることがあります。非常に分かりやすい数字です。
しかしツバメディア編集部では現時点で、世界の総需要量と総供給量を同一条件で集計し、この数字を確認できる信頼性の高い一次資料を確認できていません。だからこの記事では、この数字を事実として使いません。
供給に生物学的な制約があり、高い需要が存在することと、
「85%不足している」と正確に証明できることは、別です。
数字は強い。だからこそ、確認できた数字だけを使います。
伝統的な洞窟採取には、また違ったコストがあります。燕の巣は洞窟の高所にも営巣します。そのため地域によっては、竹やロープを利用して高所へ上がり、巣を採取してきた歴史があります。
一部地域では、採取権やライセンスなどの制度のもとで洞窟資源が管理されてきました。こうしたアクセス、管理、労働、権利にかかるコストも、価格形成に影響する可能性があります。
ただし「年間◯億円の洞窟レンタル料」「年2〜3回しか採れない」「死亡事故が後を絶たない」といった具体的な数字については、原典を確認できるまで掲載しません。現地で聞いた話と、公的資料・学術研究で確認できた事実。ここは分けます。
「高級食材だから」の一言で終わらせると、背景が見えません。私たちはこう考えています。
一つだけが理由ではありません。自然の時間。希少な供給。人の手。品質を守る仕組み。そして文化。それらが重なって、燕の巣の価格がつくられています。
ここが、この記事でいちばん伝えたいことかもしれません。
燕の巣が高価になる理由はあります。でも、高ければ高いほど品質が良いという意味ではありません。
むしろ高価な市場だからこそ、漂白、着色、増量、産地の不透明さ、低品質な原料を高級品に見せる加工。そうした問題が生まれる経済的な理由もあります。
値段ではなく、値段の向こう側を見る。どこで採れたのか。どんな環境で燕が暮らしているのか。どのように採取したのか。誰が加工したのか。どうやって羽毛を取り除いたのか。漂白や着色はしているのか。どんな検査をしているのか。原料まで履歴を遡れるのか。
その一つ一つを説明できるのであれば、その価格には理由があります。反対に「最高級だから」「天然だから」「希少だから」だけでは、その価格が妥当かどうかは分かりません。
35日かけて、数グラム。アナツバメが時間をかけてつくった、小さな巣。そこから人の手で一本ずつ羽毛を取り、加工し、検査し、海を越えて、ようやく私たちのところへ届きます。
だから、燕の巣は高い。
でも「高いから価値がある」のではありません。
その価格の向こう側に、何があるのか。自然なのか。人の仕事なのか。品質管理なのか。研究なのか。歴史なのか。そして、それを確かめられるのか。
価格そのものより、価格の理由を開く。それも、燕の巣を正しく知るために必要なことだと考えています。